繊細さんが、与えられると安心するもの。非繊細さんとの相互補完関係について。

友人夫婦を見ていて、理想的な相互補完関係について考えさせられたので、そのことについて書いてみようかと。

人のことはよく見えるので笑、上手くいっている関係を観察していると、お互いが必要としあう理由がよく分かります。

私に、パートナーを紹介してくれた友人男性が、結婚するとお相手を紹介してくれて、彼女と出会いました。

自分と全然違うタイプで、ほぉー……という言葉しか出ないな、というのが第一印象でした笑。

私はHSP気質で、すぐ傷つき自信をなくし、その状態に長く沈んでしまうもので、日頃から、それらの回避行動に必死で、雑談で話す時も、とても慎重になります。

まずい、これについて知識が薄いぞ…、こんな意見を言ったらバカにされないか?変なことを言わないようにしなくちゃ、恥をかかないよう、どうこの場を誤魔化すか…?などなど、脳内が忙しくなります。

彼女はと言うと、持ち上がった話題について知識がない場合、「えー、何それ、知らなーい。何、何?」と、ためらいもなく聞きます。

愛想笑いだけして黙ったり、自分が持っている知識で何とかその場を取り繕うといったことをせず、たとえ的外れでも、「それって、〇〇のこと?」と、堂々と口にします。

小賢しい算段をしてばかりの自分が滑稽に思えてもきましたが、私の友人のその男性がリラックスしている姿を見ていたら、お互い無理せず、自分らしくいられる関係なんだろうなぁ、と思い始めました。

“繊細さんの本”を読んで、私は長年気づかないうちに、自分を厳しく抑圧していたことに気づきました。

私は、嫌だ、とか嫌い、やりたくない、といったネガティブな感情は、持ってはいけないし、人にそう伝えるべきではない、と強く思い込んでいました。

でも、実際そんなことはできるわけもなく、嫌だ、嫌いだ、腹が立つ、止めたい、逃げ出したい、となった時は、分かってもらい配慮してもらいたい、という強い期待を持って、非常に屈折した方法で、人に伝えてきました。

そして、それが原因でモヤモヤしたり、落ち込んだり、トラブルになったりしていました。その気持ちを受け止めてもらえなかったり、外に出せずひたすら我慢する状況が続くこともあって、それが心を病む一因になった、とも思います。

“繊細さんの本”を読んで、自分が苦手なことや嫌なことは、しっかりそうと認めること、そしてそれに対して罪悪感を持たないこと、を実践すると決めて、随分救われました。彼女は、それが自然にできる人なんだろうなぁ、と感じました。

その素直さが誰よりも羨ましい私は、ある時彼女と彼が一緒の時に、「その素直さの価値は、すごく大きいよ。年を取れば取るほど難しいし、手に入れようと思っても、簡単にできる訳じゃないよ。ギフトだから、大事にした方が良いよ!」と力説したところ。

「えー、そんなの、何も考えてないってだけじゃないのー」と笑う彼女の隣で、彼が深くうんうんと頷いて「その通り」と呟いたのが印象的でした。

彼も、繊細なタイプで、そういう人からしたら、「あなたはそのままで素敵だよ。嫌ったりしないから大丈夫!」というメッセージを、繰り返し伝えられることは、ものすごくエネルギーや安心感をもらえるものだと思います。

傷つけられたり嫌な思いをしないかな、と心配しながら、少しずつ扉を開けて外に出てくる彼を、両手を広げて、ウェルカムで迎え入れたんだろうなぁ、だから結婚へもスムーズに流れたんだなぁ、と納得しました。

一緒に住むと、嫌な面がたくさん見えてきて、ケンカになったり、嫌いになったりしない…?迷わなかった?と聞く私に、全然!そりゃあ、ここはちょっとさぁ…とか、嫌な部分はあるけど、全体が好きだから嫌いになんかならないよ!、と彼女は自信満々で。

きっと彼は、こういうところに居心地の良さを感じているんだろうなぁ、また彼女にとっては、彼の繊細さが生み出す作品や、奥に隠れた優しさやユーモアが魅力なんだろうなぁ、と、見ていて温かい気持ちにさせてもらっています。