精神科の受診の難しさ。短い診察時間中の葛藤について。

先日、久しぶりに精神科を訪ねた時のことを記事にしましたが。改めて、受診って難しいよなぁと思いました。

待合室で順番を待っていると、鬱々とした状態の患者さんをよく見かけます。単に気分が優れないという場合もありますが、精神科のそれの場合、ドロドロとしたものが中で煮えている場合もあって。

何らかの病気で長期療養の経験がある方は、同じように感じたことがあるかもしれませんが、体調不良の状態が続くと、気持ちが後ろ向きになり、日常生活でも悪い方ばかりに目が行きがちになって、不幸感が増す、ということがよくあります。

治療やリハビリにも、どうせやったって無駄、という自暴自棄な気持ちが湧いて、全力で取り組めなくなったり、先のことばかり見て不安になって、絶望感に苛まれたり。すると当然、何かすがる物が欲しくなります。

その一つが診察、という患者さんも多いと思うんですが、例えば私が通うクリニックでは、再診の診察時間は目安10分です。そんな悶々とした精神状態で、前回受診からの、例えば2週間分の生活状況、体調、心境、薬について、を時間内に分かりやすく説明するって、意外と難しいよなぁと。

例えば睡眠薬を変更後に、その後いかがですか?と聞かれたら、ギリギリの精神状態なら、とにかく不眠の苦しさを訴えたいですし、この記事でも書きましたが、脳が機能不全だと、そもそも感覚を鋭くして違いを感じ取り観察し、前の薬との比較をする、というのは難しいですし、負の感情で常に脳が占拠されている状態で、まともにものごとを考えられない場合もあります。

他にも、「いつ治るんですか?」という問いが、常に喉から溢れ出そうだったり、医師に勧められる生活習慣やら気持ちの持ち方一つ一つにも、「こういう場合はどうなんですか?」という問いがつきまとう。

例えば、「私は怠けてるんでしょうか?苦しくても、もう少し頑張った方が良いんでしょうか?でも、頑張ると、また突然落ちて自殺願望に取りつかれるかもしれない」「この薬を変えても効果がなかったら、どうなりますか?」といった、個別の事情から来る質問が、次から次へと鎖のように繋がって湧いてきて、医師が止めるまで抑えられない人も、たくさんいるだろうと思います。

診察で何でもかんでも話されても困る、これはカウンセリングの領域、という内容でも、診察との境界線が曖昧な場合も多いと感じますし、カウンセリングは、一般的に保険が効かず高額、という問題もあります。

逆のケースもあるな、と自分の経験で驚いたこともありました。頻繁ではないですが、診察に通っていた頃、仕事での状況や心の負担について話すとすぐ、「抗うつ薬を再開するという手もありますし…」という返答が来て。

離脱症状が恐い、と医師が慎重で、かなり時間をかけて断薬したので、どうしてもの時以外は抗うつ薬フリーでいたい私は、元々深刻に話していた訳ではありませんが、報告を、よりライトにした方が良いのかなぁ、と思うようになりました。

でも、その癖がついて、気付かないうちに悪化していた、なんてのも困る、と思いながら通っていたある日。自分でも、我流の認知行動療法を行っていると伝え、軽く説明をしたところ。

少し意外そうな表情で、「えっ…あ…そうなの?自分でそうやって対策を取っているのね。ふんふん…」と仰って、それ以降、抗うつ薬の再開の話が出ることが減りました。

再発は絶対に避けるべく、対人の悩みや自己肯定感について、アサーションの本など、いろいろ読んで勉強し、この記事で書いたように、いいこと日記も実践していた私でしたが、その診察以前は、医師にそういう話は殆どしていませんでした。

自分の診察の持ち時間には、医師からの質問の時間も含まれます。それを考えると、制限時間を超えないように、自分から話すのを控えよう、という気持ちが働き、できるだけ必要なことだけを簡潔に、と気を付けていました。

そのため、積極的に再発防止に努めていることや考え方の変化など、レジリエンスというんでしょうか、それについての私の成長が伝わっておらず、考慮に入っていなかったのでは?と思いました。

今でも、こんなふうに劇落ちするので、アップダウン激しく、引き続きレジリエンス力向上に努めたいと思いますが、その診察以降、医師の私の症状報告に対する受け止め方が変わったようなので、及第点には到達できたのかな、と思っています。