失恋など、拒絶の苦しみの乗り越え方について。

先日の呟きが180万インプレッションを超え、ツイナビさんにも取り上げていただくほど反響が大きかったので、そのことについて記事にしてみようかと思います。

この経験は13年程前の話で、突然相手から拒絶を切り出され、取り乱していた時に、友人から言われた一言です。

HSP気質で感受性がかなり強い方なので、良くも悪くも、全ての出来事からの精神的なインパクトが大きく、この時もボロボロでした。

悲しみや情けなさ、やるせなさに、現実を拒否したい気持ちでいっぱいで、何も耳に入ってこないほどの状態だったんですが、この言葉には一瞬ハッとして、何かすごく大事な気がする…と思ったのでした。

その時は、一瞬刺さった程度だったんですが、自分の中に刻まれたようで、その後の恋愛関係を通して、その意味の理解がじわじわと深まっていった気がしています。

この言葉によって成長した自分を実感したのはその次の恋愛なんですが、何と、ここでも別れを切り出され苦笑。初めて結婚を本気で考えた相手だったので、立ち上がれないほどの衝撃を受けました。

電車では、席に座って涙を流しながら出勤。会社に向かう途中の道端でうずくまり、オイオイと泣き、マンションコンシェルジュとして働いていたフロントで、入居者さんに呼ばれ、真っ赤な目で対応して心配される、なんて状態でした。

あまりに辛く、二週間程の記憶が殆どありません笑。正直、誠実さに欠ける別れ方で、信頼していただけに二重のショックだったんですが、猛烈な葛藤の中で、どういう対応を取るべきか?、を自分の中で決める際、“拒絶する権利の公平さ”というこのルールが、心の奥でブレーキとして働きました。

分かれる理由について確認したりはしましたが、「分かった」という一言だけで、あまりにも私が何も言わないので、「泣いたり喚いたりしないの?」「大丈夫??」と、相手に聞かれたのを覚えています。

筆舌に尽くし難い怒りや悲しみを、無理やり抑え込んで電話を切りました。すがることで、何とか関係を元に戻したい、という欲求にも駆られましたが、自分が過去に拒絶した時の経験を思い、こらえました。

一旦傾いた気持ちは、何をやっても戻せないもので、すがることは不幸の始まりにしかならないと、体感で分かっていたからです。

まさにこの、ギリギリの土俵際の行動で、自分の今後が決まるような気がしました。安易に、他の男性やお酒など、代替物を探さず、歯を食いしばって耐えることが、今の自分に必要な気がしました。自分の誇りを守れるか?、もここでの行動に掛かっているような気がしました。

むぐぐ…!!でも、お互いが持っている権利なんだった…!!と、心中のたうち回りながらも、涼しい顔をして、今にも口から出そうなたくさんの言葉を、全部飲み込みました。

勝ち負けではないんですが笑、今思い返すと、何というか、限りなくダメージ少なく退却した、最高の負け戦みたいな感覚で。

ここで泣き叫び相手を責めたら、相手が好きになってくれた自分の価値が下がってしまうようで、何とか今のまま、落としたくないという気持ちがありました。

盛大にフラれた経験なんですが、自分の中では、最高に自分を褒めてあげたい出来事となっています。

数年後再会した時に、自分が悪かった、と復縁を希望されるという、ネタみたいな後日談があり笑、あの時の引き際の良さも、リベンジに一役買ったのでは?と思っています笑。

因みに本当のリベンジとは、自分が心から幸せになること、とどこかで読み、この上なく共感しています。

この別れはかなり引きずりましたが、辛い数年を過ごした後、素晴らしいパートナーと出会い、あの経験があったおかげで…と、自然に感謝の気持ちが湧くようになったのでした。

話は戻りまして、このツイートについてですが。

このルールについて、分かっていなかった昔の自分を振り返り、それが何故だったのかを掘り起こしたツイートや、恋愛相手ではなく、母親についての想いを綴られた方、拒絶され、自分の中で何とか折り合いをつけようともがいている方など、とても考えさせられる反応を、たくさんいただきました。

中でもこちらのツイートには、本当に心を動かされたもので、思わずご連絡して、掲載の許可をいただきました。

“相手にとっての価値の下落”。恋愛の不思議な部分だと思うんですが、ここの“相手にとって”という部分が鍵で。

相手からの拒絶は、自分の価値が下がったから、ではなく、“相手側の判断基準が変わってしまった”、ことで、起こる場合が多いんじゃないかと思います。

そういう意味で、“失ったのではなく、その人とのあるべき関係性が変わったのだと考える”ことは、相手も自分も責めず執着を手放す、とても成熟した考え方だな、と思いました。

何というか、この一言には、どこにも持っていきようのない気持ちを成仏させ、前に進ませる力がある、と感じました。

“自分を蔑むことなく”という部分も重要で。拒絶されると、どうしても、自分の何が悪かったのか?、と自分を責め、必死で理由を見つけようとしてしまう、自分で自分の粗探しをして、より不幸になってしまう、という悪循環に陥りがちです。

喪失を経験し、まさに今、悶え苦しんでいる人達も、たくさんいると思います。何をしていても満たされず、途方もなく時間を長く感じながら、傷を癒そうと苦悩している人達に、この言葉が届くといいなぁと思い、書いています。

もちろん、自分に思い当たる明らかな非があるならば、改善する必要はあると思いますが、必ずしも短所が、拒絶の原因になるわけではないところが、恋愛関係の面白さだと思っています。

この、相手も自分も責めず執着を手放す、という姿勢は、失恋以外の他の拒絶についても、不要なことで自分を貶め消耗せず、前向きに生きるために有効なのではないか、とも思います。

また、相手への思い遣りを失わずに身を引くことは、やはり自分の尊厳も守ることになるのではないか、あの時の喪失経験を“かけがえのない贈り物”、として受け取れるようになった今の自分は、とても幸運だと、改めて考えさせられました。

私は、物事に正面からぶち当たり、直球勝負をしてしまう人間なので、例えば友人と飲み明かす、バカ騒ぎする、新しい恋で忘れる、といったことができないもので。

突き詰めて考えがちで、こういう経験が重なっていますが苦笑、気付きを得るタイミングは違いますし、乗り越え方も人それぞれだとも思います。

このツイートがこれだけ伸びたのは、このテーマが、それだけ普遍的で重いことだからなんだろうな、と感じました。

このルールは、恋愛関係だけでなく、友人や親、会社などでの人間関係、はてはSNS上の関係までに当てはまることだな、と思っています。