うつ病をきっかけに、考え方の癖について考えるように。価値観の刷り込みは、いろいろなところから。

以前、自分の価値観は、いろんなところからの刷り込みでできあがっている部分も大きいんだなぁ、と思った出来事があったので、そのことについて書いてみようかと思います。

昔、私が小さい頃の話なんですが。実家に、遠くに住む親せきが、大勢で遊びに来たことが何度かありました。

私の母親は義両親と同居で、日頃から気苦労が多かったようですが、このイベントに至っては、親戚との他の行事や地域の付き合いよりも何よりも、憂鬱だったようで。

母親の顔が曇り、悲しさと怒りが入り混じった、何とも言えない表情をしていたのが、とても印象的でした。

何時間もかけて家族全員で遊びに来るのはそうそう頻繁とはいかないので、年に一回もないような行事だったんですが、HSP気質の私は、母親の情緒が不安定になる原因がこれであると分かって以来、母親を守らなければ!彼らは、招かれざる客で敵だ、とどこかで思っていました。

とは言え、一緒に過ごしてみると、気さくな人達で。まぁ、家で長時間飲み食いとなるので、確かにやかましくなる時もありましたし、価値観の相違から、ちょっとその発言は行き過ぎなんでは、と思うこともありましたが、今思い直しても、特別失礼な人達ではなかったな、と思います。

付き合いの少ない我が家に、本当にたまに訪ねて来る遠くの来客は、家を賑やかにし、普段得られない刺激をもたらしたので、うっかりすると私は、その時間を楽しんでしまい、母の顔を見て、自分が敵側に寝返ったような気がして、罪悪感に苛まれもしたのでした。

ある時、その親戚が帰り際に、「お世話になったから」と、お金を置いていこうとしたことがありました。

実の姉妹である祖母は断りましたが、「イヤイヤ気持ちだから」と、その親戚は引かず、押し問答になった時、食事の場でも出かけた先でも、頑なに沈黙を決め込んでいた母が、前に出て「こんなことされると、本当に困ります。もらう理由がないです」と、言い切ったので驚きました。

不快感と怒りに満ちた表情で、母の強い意思を感じました。その剣幕に気圧されたようで、結局親戚が折れました。

後日母親が、人の親切を、お金で返そうとするのはいやらしいことだ、というようなことを話し、子供心にそういうものなんだ、と思いました。

私は母との繋がりが強いので尚更、きっとこの考え方は正しいんだろうと思いました。それから20年程経ち、ある友人にこの話をしたところ。

「あんたの母親は、考えが偏ってると思うよ。感謝の気持ちをお金で表す人もいる。その気持ちを疑うのは良くないと思う」と言われました。

私は、大好きで尊敬している母親を貶されたようで、その時はムッとして、そんなことない、母親が正しいはずと思い、その考えを拒絶したんですが。

うつ病を経験し、再発だけは絶対避けるべし、と自分の生き方を振り返るようになって、この、“白か黒か”思考が自分を苦しめ、かつ成長も妨げている、と感じるようになりました。

この件についても、友人の言葉を思い出し、母親の考え方を、そのまま鵜呑みにしていないか?感謝の気持ちをお金で表すことは、本当に汚らしい恥ずべき行為なのか?、と考えるようになりました。

その頃、マンションコンシェルジュとして就業していたんですが、徐々にその楽しさに目覚め、嬉々として働くようになりました。

入居者さんから感謝され、個人的にお菓子などの他に、金券もいただくこともありました。

その時に、あぁ、私も特別自分によくしてくれる人がいたら、個人的に感謝の気持ちを表したいと思うだろうな、雇われている会社にではなく、この人に、直接何か渡したい、と思うな。その形が金券やお金でも、気持ちは同じだな、と考えるようになりました。

それまで頑なに、「いえいえ、こんなものをいただくのは申し訳ないです…」と恐縮しきりで受け取っていたんですが、徐々に「ありがとうございます。本当に嬉しいです」と受け取るようになり、罪悪感が減って、気持ち的にも楽になりました。

この出来事を通して、母親からだけでなく、他の人からの言葉や、世の中で一般的によく言われている常識で、自分の価値観が凝り固まっている部分って、きっとたくさんあるなぁ、と考えるようになりました。

こんなの絶対おかしい!誰が見ても、100%悪いことだ!、と思った時なんかは要注意。なるほど、そういう考え方もあるな、それも考慮して考えてみたけど、やっぱり自分の意見はこうだな、というように、できるだけ異質な意見も、一旦受け止めて考えてみよう、と思うようになりました。

義両親も亡くなって随分経った今、母親も当時とは受け止め方が変わってきたようで。大変ではあったけど、同居にはメリットがたくさんあった、と話すようになりました。

例え自分がその立場で、同じ環境に置かれ同じ状況を経験したとしても、感じ方は全然違うわけで。

親であっても別の人間。その線引きをしっかりして、自分とは違う人間の一つの意見、と受け止める必要があるな、と思うようになりました。

ズバズバと私に意見を言ってくれたのは、以前記事にも書いたこの友人なんですが、母親と同年代で、結婚、出産、子育てを含め、波乱万丈の人生を経験した人ということで、親が子に与える影響について、思うところがいろいろあったんだと思います。

年を取るにつれ、気付かないうちに頭が固くなってしまいます。強く意識し、人と適度に関わって、日頃からほぐす努力をしようと思っています。