強迫性障害(OCD)の確認癖の発症に気づいた、高校時代のアルバイト。

強迫性障害(OCD)の確認癖が原因で、こんな苦労がありまして、と以前書きましたが。

思い返してみると、一番最初にどうもこれはおかしい、と気づいたのは、高校生の冬でした。

高校1年生、2年生と、ラーメン屋さんでアルバイトをしたのに続き、今度は違うところで、と、高校3年の冬休みに、友人と地元の小さな工場で働くことにしたんですが。これが最悪の選択でした…。

その工場は、シートベルトを制作している会社でした。かなり高齢と思われるおばあさんも含めて、主婦のパートさんばかりで15人位の職場でした。

シートベルト制作の工程の一ラインで働くことになり、仕事を聞くと、内容はいたってシンプルでした。

シートベルトの一部分が別のラインで作られ、既に途中まで出来上がった状態で渡されるので、その制作途中の商品を見て、ワッシャーと呼ばれる部品を確認する、というものでした。

ワッシャーは、ボルトとナットを締め付ける際にナットの下に入れておく部品なんですが、これが“1本”入っていること、が必須条件でした。

必ず1本でなければならず、0本や2本以上入っていたら、そこではじく、というのが私の仕事でした。

最初は、部品と部品を引っ張って中を覗き、ワッシャーが1本入っているな、よし、と隣の人に渡す、を繰り返し、順調でした。

それが…、暫くしてから脳内で、これ、もし間違えたら、大変なことになるんじゃないか…?と思い始めて。

さらに、下請けの会社なので、ミスが出ると、元請け会社から大目玉を食らう、という話が、休憩中にパートさん達からちらほら聞こえてくる度に、どんどん不安になっていきました。

それに伴って、ワッシャーの数を確認した時に、よし、1個だな、と思っても、脳内でOKがもらえなくなり、もう一回確認、さらにもう一回、念のためもう一回、確認を止められずにもう一回…と、回数が増えていきました。

当然、一つの製品チェックにかかる時間がどんどん長くなり、数を捌けなくなっていきました。

周りの空気が徐々に変わっていくのも、感じ取っていました。あの子はそんなに何回も、何を見ているんだろう?と不思議に思っていたのが、いつまでも何をやっているんだろう?という怪訝な気持ちに変わり。友人も心配しているものの、何もできず困惑しているのが分かりました。

さらに、同じラインの人は、私が止めているせいで、物(仕事)が流れてこないので、次第にやきもきし始め。気を遣って、「何か、大丈夫?困ってない?」と声をかけられるようになりました。

皆はいたって普通に確認作業ができているので、私だけできないなんて、おかしい。確認せずにいられないんです、なんておかしな説明をするわけにもいかず、「だ、大丈夫です」と答えるものの。

周りの人の苛立ちが、強く伝わってくればくるほど、早くしなくちゃ、でも間違えたらいけない、とまた激しいプレッシャーになっていきました。

自分でも、ワッシャーが1個しか入っていないことは十分分かっていて、何度もこの行為を繰り返すことのバカバカしさは分かっているものの、やめられない、という状態でした。

2か月程の短い期間だったのですが、この症状が出てからは、毎日行くのが憂鬱で憂鬱で、辞めるまで地獄でした。

その後も、大学生の頃、スーパーのレジのアルバイトで、レジ締め作業の際に発症。これもまた、最初はテキパキと締めることができ、悠々と行っていたのに、間違えたら大変だ、と強く感じた瞬間から、締め作業がいつも最後になる、という状態になってしまいました。

社会人になって、気が向かなかったものの、事務職なら潰しがきく、と親に勧められ試してみたところ、これもまた大きな間違いで。

タイピングのスピードはかなり速いのに、最後の確認に尋常でないほど時間がかかるため、お給料をいただけるほどの仕事にならない、という結果に。

在庫管理や発注業務は、大きな数字の確認がひたすら続き、しかも時間の制限が厳しかったので、確認癖による苦痛がさらに増しました。

こんな普通のこともできないなんて、自分は何もできない人間だ、本当に社会人失格だ…という気持ちで、次第に自信が目減りしていきました。

以降、転職の度に、仕事探しに本当に苦労しています。確認がない仕事なんていうものは存在せず、確認作業が頻繁でなく、量も少ない仕事、と探したくても、当然ながら転職サイトに、そんなフィルター機能はないんですよねぇ。

上手く付き合っていくしかない、とこの記事で書いたような苦肉の策で乗り切ったりしていますが、コンプレックスであることには変わりなく。

でも、何事にも得意な人と不得意な人がいるはず。広い世の中、もしかしたら、確認が好きで仕方がない、という人もいるんじゃないか?将来、そういう人に助けてもらえるかもしれない。

それに、敵対視されているAIが、こういう苦手な仕事を代わってやってくれる時代が来るんじゃないか?など、希望的観測を持って妄想したりもしています笑。